欧州委員会のFASTER指令 – EUでの源泉徴収手続きの統一化

2023年6月19日、欧州委員会は、欧州連合(EU)における源泉徴収手続きを投資家、金融仲介業者、加盟国の税務当局にとってより効率的で確実なものとすることにより、単一市場への投資を促進することを目的とした「超過源泉税のより迅速かつ確実な救済(FASTER)指令」の草案を公表した。

FASTERは、「21世紀の事業者課税に関する連絡文書」および「資本市場同盟に関する欧州委員会の行動計画(2020年版)」の重要な要素となる。資本市場同盟(CMU)は、資本の単一市場を創設し、投資家が所在地に関係なく利益を享受できるようにする計画である。FASTERは、源泉徴収手続きの標準化を求める声に応えるもので、投資家にとって年間約51億7千万ユーロのコスト減になると見積もられている。本提案は、「より速く」、「より確実に」の観点から、租税回避防止規定や、金融機関と税務当局の双方に対する新たな義務も含まれている。EU加盟国で採択されれば、2027年1月1日に施行される予定である。

背景 - 租税条約と国内免税制度は、特に、源泉地国が投資所得に課税し、その所得稼得者の居住地国でも課税する場合に生じる二重課税軽減を目的としている。その適用を受けるための行政手続きは、長期間にわたり、費用がかかり、煩雑になる可能性がある。国際レベルでは、OECDのTRACE (Treaty Relief and Compliance Enhancement)イニシアチブが、源泉徴収手続きの非効率性への対処を目的としていた。TRACEの実施パッケージは2013年に承認され、フィンランドが2021年に初めて実施している。TRACEは、投資家に代わって源泉税の免除や軽減税率を請求できる枠組みを提供している。本イニシアチブは、米国の適格仲介業者協定(Qualified Intermediary agreement)に影響を与えている。

EU加盟国の多くでは、源泉税の軽減や還付手続きが大きく異なっており、EU全体で450種類超の様式があり、その中には各国の言語でしか入手できないものもある。その結果、源泉税の軽減税率適用を受けられるはずの個人投資家の70%近くがこれを申請しておらず、個人投資家の30%がこの税制上の障壁のためにEUのポートフォリオを売却しているという調査結果もある。FASTERは、デジタル居住証明書を創設し、源泉税軽減制度と迅速な還付制度を標準化することで、資本投資に対するこうした障壁を軽減することを目的としている。FASTERの源泉徴収制度では、配当や利子の支払いが行われた時点で適切な源泉税率が適用される。また、FASTERの迅速な還付手続きでは、支払日から50日以内に過払い税が還付される。加盟国はどちらの方法を適用するかを選択する。この新たなコンプライアンス制度の濫用可能性を軽減するため、FASTERには、コンプライアンスを効果的に監視・管理できるよう、バリューチェーン全体にわたる標準化された報告義務が含まれている。FASTERの主な提案の概要は以下の通りである。

電子的税務居住者証明書(eTRC) - EU共通のeTRCは、源泉税の軽減手続きをより迅速かつ効率的に行うことを目的としている。例えば、eTRCは申請書提出後1営業日以内に自動的に発行され、1暦年中(最低期間)に数回の源泉徴収を行う場合、1枚の証明書だけで済むことになる(現状の紙ベースで、長期間にわたる手続きとは対照的)。eTRCは第三国でも利用可能である。税務居住者証明書のデジタル化により、金融仲介業者は、関連プロセスを自動化できるようになると予想される。金融仲介業者は、eTRCの真正性と内容を共通の検証方法によって顧客ファイルと照合し、適用される租税条約または国内規定に従って、正しい適用源泉税率を確認する義務があろう。

源泉税軽減および迅速な還付手続きの強化 - 上述の通り、これらは、既存の標準的な還付手続きを強化するものである。加盟国は、源泉税軽減手続き、または迅速な還付手続きのいずれか、または両方の組み合わせを選択できる。

報告義務 - FASTERの報告義務では、税務当局と共有すべき税務情報の共通報告基準を定めることになろう。源泉徴収代理人として活動する特定の金融仲介業者は、投資所得に免税または軽減税率を適用できるよう、登録する義務があろう(EU域内の大規模な金融仲介業者には登録が義務付けられ、EU域外や、EU域内の小規模金融仲介業者は任意登録)。また、不正確なデータを提供した場合の金融仲介業者の責任規定に係る共通ルールなども導入されよう。(注)

(注)この新たなプロセスについて、G20/OECD包摂的枠組みにおける第2の柱プロジェクトの一環として公表されたとする租税条約上の最低課税ルール(STTR)や、EUのペーパー事業体濫用防止指令(2022年2月号参照)との関係も今後留意が必要となろう。

https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/journal/beps-articles/eu-aug-2023.html
本稿は、国際税務研究会発行の「月刊 国際税務」2023年8月号収録 「Worldwide Tax Summary」記事となります。
(PwC税理士法人編・PwC税理士法人顧問 岡田 至康 監修)

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